ゆるり日記

息抜きに身の回りのことや聖書のことなど気の赴くまま書きます

朽ちない種を

石川啄木好きだった私の兄(長兄)の本棚には啄木の短歌全集が並んでいて、部屋のあちこちに啄木の短歌が貼ってありました。

子ども時代に兄の部屋で啄木の短歌を目にして自然に暗記した私は故郷を離れてから色んなシーンで啄木の短歌を諳んじていたものです。

世の中には座右の銘を支えとしている方が多いかと思いますが、私は短歌や詩や偉人の名言など結構覚えました。

若い時に覚えたものは50年以上の時を経た今もしっかり覚えているものですが、この数十年は聖書のことばが私の慰めであり、力のもとになっています。

聖書のことばは朽ちない種と言われています。まったく暗記した覚えもないのに何時か何処かで目にした「ことば」が人生のどん底で心に浮かび上がってきてピンチを脱したという話が私の周りには溢れています。

私の友人に絶望に打ちのめされて目の前が一瞬のうちにセピア色になったけれど、以前お見舞いに貰ったハガキに書かれていた聖書のことばを思い出し、瞬時に色が戻ると同時に勇気と希望が与えられ、そのあと全てシャットダウンされていた道が開けた経験をした人がいます。

当ブログで注釈抜きで「聖書のことば=いのちのことば」を載せるのはもしや誰かの助けになればという思いからです。

皆様に主の祝福が豊かにありますように。

コリント人への手紙 第一 10章13節

あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

ローマ人への手紙 8章28節

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

詩篇 145篇14節

主は倒れる者をみなささえ、かがんでいる者をみな起こされます。

詩篇 32篇8節

わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。"

イザヤ書 30章21節

あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばを聞く。

詩篇 145篇17~20節

主はご自分のすべての道において正しく、またすべてのみわざにおいて恵み深い。
主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。
また主を恐れる者の願いをかなえ、彼らの叫びを聞いて、救われる。
すべて主を愛する者は主が守られる。

ペテロの手紙 第一 1章23~25節

あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。
「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。
しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。

 

 




喜びの連鎖 愛は途絶えず

母の日の8日と昨日と母たちの喜びの話を聞くことができました。嬉しい話、喜びの話は聞く側にも喜びをもたらしてくれますね。

8日、礼拝を終えて会堂を出ようとする私に1人の方が声をかけてきました。彼女たち夫婦には2人の息子が居て次男は大学を出て社会人として巣立ったけれど、長男は長年家に引き籠っていると聞いたのは昨年そのご夫婦を訪問した時のことでした。

壊れた親子関係の実情を聞いて私なりにアドバイスをし、ご夫婦と一緒に祈りました。その後も何度か礼拝後にご主人の仕事のことやご家族のことを一緒に祈りました。

そのようなことがあって彼女はこの春からずっと私に報告したいと願いながら控えめな性格なので他の方を押し分けてまで私に声をかけることが出来ないままこの日曜日になったのでした。

彼女は「長男が突然大学に行くと言い出して勉強をし出し、受験しました。合格はとても無理と思っていたのに驚くことに合格しまして。信じられない思いで何度も何度も合格発表を見返して…。今は順調に大学に通っていて、私の生活も仕事で帰りの遅い夫を待ってから床に就き、朝は早くから起きて息子を送り出す生活です。自分の仕事もあるし体力的にキツイのですが、嬉しくて嬉しくて。それをずっと先生に報告したかった…。」と涙を流しながら話してくれました。

その涙のなんと美しかったこと。その後、彼女の夫が「実は次男から今日帰って来ると連絡がありました。彼とは断絶したままもう会うことはないかと思っていたのですが、嬉しいです。」と顔をほころばせて話してくれました。

母親との関係は悪くなかったけれど父親との関係が壊れて家に寄り付かなくなっていた次男もまた回復をしていたのです。あまりに喜ばしくて駐車場で立ったまま祝福と感謝を祈りました。

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そして昨日、2年近く前からうちの教会に来ておられる方が満面の笑顔で家族の話をしてくれました。

息子さんが一緒に住んでおられて関係があまり良くないらしいと察してはいましたが、これまで子どもの話になると口ごもる彼女に敢えて私から尋ねることはしなかったので息子さんが2人いるということを昨日初めて知りました。

その彼女が「昨日の母の日に家を出た息子が帰って来て子ども2人で母の日を盛大に祝ってくれました。そんな日が来るなんて夢のようです。この1年あまり試練続きで、ひたすら祈り、聖書を学んだことで聖書にある状況に関わらない平安を経験してきましたが、壊れていたものが回復するという喜びをも頂いて感謝です。」と話してくれました。

親として子を深く愛しているつもりでも届かない時があります。どんなに心を注いでも何をしても悪くなるばかりの時すらあるのです。

そのような親子を何組も見てきました。あんなに誠実で穏やかで良いご両親なのに何がどうなって親子関係が壊れたのかと不思議に思うケースも見てきました。

それを思う度に自分たち親子が平和な関係なのは決して自分たちが親として良かったからではないと遜らされたものです。

今回どちらのご両親も心騒ぐことが多い中で苛立って感情的になるのでなく、愛をもって祈りながら静かに子どもを見守り続けてきました。すごい忍耐だと敬服するばかりです。そして、私も彼女たちから喜びのお裾分けを頂いてホッコリ、感謝しています。

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詩篇 102篇19~20節

主はその聖なるいと高き所から見おろし、天から地の上に目を注がれました。
捕らわれ人のうめきを聞き、死に定められた者を解き放つために。

詩篇 147篇3節

主は心の打ち砕かれた者をいやし彼らの傷を包む。


メリハリがあって良し

今年のG Wは天気に恵まれました。ロシアによるウクライナ侵攻が止まらず早く停戦をと祈る中、日本の安全は大丈夫なのか、物価の値上がりはどこまで続くのか、気にかけながらも行楽地は賑わいを見せ、少しずつコロナ以前の日常を取り戻しつつあるように見えます。

我が家でもコロナ関連やウクライナ問題、値上げラッシュなど結構話題になりました。それでも和合の力は大きくて常に笑顔がありました。

昨日の記事に書きましたが娘はおもしろいこと、笑えることが大好きで自分の周りのちょっとした事から楽しい笑いを見つける人です。それを友人たちにシェアして一緒に楽しんでいるわけですが、それが娘の生活や人間関係を潤していると私は見ています。

今回も爆笑記事をネットで見つけては私たちに「これこれ。」と教えてくれるので夫も私も随分笑わせて貰いました。普段はマメに連絡を取り合う親子ではないので、それこそ一緒にいればこそですね。

娘が東京に戻って再び夫婦二人の生活になった我が家は静かなものです。夫は「二人になっちゃった。またよろしく。」と笑っていましたが、娘が残してくれた笑いの余韻があって満たされた思いでいます。

詩篇133篇1節  見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。

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いったい誰に似たのやら

沖縄は梅雨入りしていますが名古屋は好天続き。東北のほうではまだ桜が楽しめるとかで日本も広いですね。

今日夫は出勤、娘は休みをもらったということでノンビリゆっくり過ごしています。

仕事が忙しくてしばらく休んでいた執筆を最近再開したとか。今回はファンタジーものだそうで名古屋でも書き続けています。

前作が出版されたのは自分の力量によるものではないと本人は割り切っていて、出版を目標にしているというより趣味で書いているようです。小説を書く作業は疲れそうですが趣味なので疲れないのでしょうか。

細かいことにこだわらず適度に脱力するのは彼女の小さい頃からです。人との距離感の取り方が絶妙で友人が多く、私たち夫婦は人見知りなので一体誰に似たのやらと思うところからして両親に起因しない娘の特性といったところでしょうか。

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おもしろ好き、おふざけ好きで友人に貰った「おてもやん顏パック」をした顔写真を娘のFacebookで見た時は大笑いしつつ内心「やめて、婚期が…」とアセアセ。

それでも親としては本人に何も言わないけれど、平気でそういうことをする娘は30代、目下シングルライフを謳歌中。

労わりをありがとう!

今日は晴天に恵まれて親子3人で徳川園を散歩しました。園の中は若いファミリーや高齢者グループなど沢山の人で賑わっていました。

f:id:yururi3ptl:20220505195500j:image 風がなくて鯉のぼりが寂しそう
     f:id:yururi3ptl:20220505195457j:image 風がなくてもボクらは元気

         
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3人で肩を並べて歩くのは4年ぶりで、途中ベンチに座っておしゃべりしたり、とても楽しい時間でした。

散歩の後はそのまま徳川園隣の宝膳亭へランチに行ったら門に「本日は予約で満席です。」と貼り紙があり「昨日のうちに予約して良かったね。」と夫のグッドジョブを称えました。

頂いたランチ↓↓

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以前よりお鮨のシャリが小さくなって私には良かった

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天ぷらも少なくなりました

それでも十分ご馳走です。デザートの写真を撮るのを忘れました。

宝膳亭を出て夫はスーパー銭湯に向かい、私と娘はデパートに向かいました。

「母の日のプレゼントを買うけど欲しいものは?」と娘に聞かれたのですが、何が欲しいのか自分でも分かりません。

それでも婦人服売り場を歩いているうちに私好みのブラウスを見つけて買ってもらいました。これと思ったら迷いがない私に娘が「私もそう。」と笑っていました。

「まだ予算があるので他にも何か。」と言われてブラブラ歩いていたら素敵なバッグが目に留まって買ってもらいました。予算オーバー分は今年娘から貰ったお年玉で補填しました。

欲しいものもハッキリしない私をプッシュすることなく見守り、私の足が疲れた頃合いにティータイムを入れるなど娘が随分気配りしてくれました。

以前私は介護の無理がたたってひどく膝を悪くし、家族でディズニーランドに行った時は嫁の配慮で車椅子に乗りました。

そのこともあって今日は娘が「お母さん、かなり膝が良くなったね。良かった!」と何度も喜んでいました。娘の優しさに包まれているようで幸せな1日でした。^_^

 

ゴールデンウィークの昨日、今日

昨日は「久しぶりに会って食事ができたら嬉しいです。」というお誘いがCさんからあってデニーズでランチをしながら2時間半程とりとめのない話をしていました。彼女は定年まであと数年の会社員ですのでGWは貴重な休暇です。

高速を使ってやって来て、どうでも良いような話題を静かに楽しんでいたのですが、最後のほうに私が「あなたが所属しているあの会はどう?」と問いかけたら、彼女の思いに淀んでいた思いが噴き出したように饒舌になりました。

話題として自分からは言い出しにくいことを私が尋ねたようで最後の最後に本当に聴いてほしかったことを聴いてもらえてスッキリしたといった感じでした。

帰宅した彼女から「楽しかったです。本当に良かったです。またお願いします。」といった内容のLineが幾つも届き、私も聴くべきことを聴くことが出来、彼女の心が軽くなったと思うと満足でした。

そして今日は早朝に娘が帰ってきました。高速バスに乗って来たというので娘の堅実ぶりは今も変わらないなと嬉しく思っています。

「本当は名古屋到着後にモーニングを食べたかったけれど時間が早すぎてどこも開いてなかったのでバリスタ母にコーヒーを淹れてもらって家モーニングにしようと思って帰ってきました。」と言われて私も張り切らない訳がありません。

けれど娘と話に夢中になり失敗、それもまた笑いのタネになりました。