ゆるり日記

息抜きに身の回りのことや聖書のことなど気の赴くまま書きます

柔らかな答え

母がまだ要介護1くらいの時は火の消し忘れ、水の出しっぱなしは多かったけれど家事についてはヘルパーの皆さんから「完璧」とお褒めをいただいていました。

そんな母は私が帰省する度に「換気扇とキッチンの壁を磨いて、ガラスやサッシを磨いて、カーテンを全部洗って、エアコン掃除も」等々普段気になりながらも手が届かない部分の掃除をリクエストしてきましたが、認知症が進むにつれ何も言わなくなりました。

それでも私がそれらの作業をしていると満足そうに嬉しそうに見ていて、それが私にも嬉しいことでした。ところが、更に認知症が進むと全く無関心、無反応になりました。

けれど母らしさというのは残っていて自分の周りの小さなゴミも見逃さず拾っていましたし、テーブルの下に物を落とした場合は私が何かをしていて手が放せなくても、しつこく「拾って」と言い続けるのでした。

食器棚の戸が少し開いていてもイヤだった母は私に「閉めて」と指さしました。そのうち閉まっていても「閉めて」と言うようになり、私が「閉まっているよ」と言っても「閉まってない」と言い張るようになりました。

「ほら閉まっているでしょう」と開け閉めして見せると納得するものの、しばらくするとまた「閉めて」と言い、それを繰り返しました。食器棚のガラス戸は光の加減で見えないらしいと思った私はマスキングテープで母に閉まっているのが分かるように印をつけたのですが、結局はダメでした。

しばらく経ってやっと私は何度同じことを繰り返されても面倒がらずに応じれば良いという答えに至りました。そうすれば母は安心が得られたのです。

それまでは「こんな時に何度も何度も無駄なことをさせられて」と苛立つこともありましたが、決して無駄なことではないと気づいたことで私も平和が得られたのでした。

ほんの少し柔らかな気持ちを持てるだけで物事は変わる、分かっていたはずのことを改めて確認させられた出来事でした。

箴言15章1節 柔らかな答えは憤りを静める。しかし激しいことばは怒りを引き起こす。

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